人間を壊す全体主義 『精読 アレント『全体主義の起源』』第四章
『精読 アレント『全体主義の起源』』第四章
第四章 全体主義の成立
原書が『全体主義の起源』なのですが、お目当の全体主義にたどり着くまでがハードです。どうやら、4800円と高いお値段の原書もここにたどり着くまでがハードなようです。
さて、ここから中身に入っていきます。
全体主義という悪
全体主義の恐ろしさとはなんなのでしょうか。それは強制収容所の中で現れるのです。
全体主義は人を何者でもなくします。
これに対して強制収容所の収容者は 、いかなる価格もつけられない 。彼はいつでも置きかえ可能な存在で 、誰も彼が何処に属するか知らない 。正常な社会の観点から見れば 、絶対的に余計な存在となるのである ( p p . 4 1 6 4 1 7 /二四〇 ─二四一頁 ) 。(位置2651)
匿名なだれかとして、いつでも置き換え可能な一つの部品となります。そして、全体主義の歯車の一つにさせられます。
「全体主義テロルが最も恐るべき勝利を達成するのは 、道徳的人格を個人主義的逃避から遮断して 、良心の決定を絶対的に不確かで曖昧なものにすることに成功した時である 。自分の友人を裏切り殺すのか 、それとも自分がいかなる意味でも責任をとらねばならない妻子を死地へと送り出すのか 、どちらにするかという選択を突きつけられた時 、たとえ自殺してもそれは家族が殺されることを意味する時に 、どうやって決定すべきだというのか ?選択肢はもはや善か悪かではなく 、殺人と殺人の間でしかないのだ 。三人の子供のうち誰を殺すか選べとナチスに言われたギリシアの婦人の道徳的ジレンマをだれが解決できるだろうか ? 」 ( p . 4 2 4 /二五四 ─二五五頁 ) 。全体主義体制は 、良心が適切に機能しない条件を創出することによって 、その犯罪にすべての者を巻き込むのである 。(位置2671)
ひとりの人間を破壊する。
そこに創り出されたのは条件反射的に事物に反応する動物のごとき人間である 。もっとも 「パブロフの犬 」それ自体も 、ある意味では実験による奇形化であるから 、人間の動物化というのは正確な表現ではないだろう 。パブロフの犬が自然のままの動物ではもはやないように 、彼らは動物でも人間でもない 、実際に 「死体 」になる以前にすでに 「人間としては死せる身体 」となっているというのである 。それはまさに全体主義のシステムの勝利であった 。(位置2696)
「人間としては死せる身体」。衝撃的な言葉です。ひとりの人間をゾンビのようにする力を全体主義は持っています。
これが全体主義の最大にして、最悪の問題です。一つも肯定できるところはない、悪です。
全体主義とはなんなのか?
全体主義は多くの人を運動の中へと誘い込んでいきます。
ユダヤ人陰謀説
第1次世界大戦後、無国籍となった人たちは生活する場所を失い、追い詰められます。
階級社会の崩壊によって生活の基盤を根こそぎ奪われて 「故郷喪失 ( h o m e l e s s n e s s ) 」の状態におかれ 、バラバラに孤立した大衆の願望 、もはや彼らが適応できなくなった世界から逃避する一方で 、何らかの一貫した拠り所を求める願望こそが 、全体主義のプロパガンダを可能にする前提である 。(位置2222)
苦しい思いをしている人たちが団結する方法が、みんなで一つの嘘を信じることでした。
反ユダヤ主義自体は、金融で成功したユダヤ人などの存在で不利益を被った人たち(多くは中欧・東欧)の間で醸成してきました。それをナチスは利用しない手はありませんでした。
全体主義のプロパガンダの噓を完結させるリアリティの欠片 、あるいは現実世界の裂け目を示す噂として最大の効果を発揮したものこそ 、 「ユダヤの陰謀 」というフィクションであった 。(位置2234)
その嘘は
「自分たちの不利益は、全てユダヤ人の陰謀だ」
です。
こうして大衆が全体主義の中に組み込まれていきます。
頓挫しない革命
あらゆる革命運動はいったん権力を握るやいなや 、体制の論理に吞み込まれて当初の革命的な性格を失っていくというのは多くの経験の示すところであった 。だが 、権力を握った全体主義運動もいずれは日常化していくだろうという予想は覆される 。(位置2406)
全体主義は権力の拡張をしていきますが、その在り方は非定形的です。同じ部署がいくつも存在し、権力がどこかに集中することはありませんでした。内部からのクーデターが起こらなかった。つまり転覆することがなかったのです。
「廃止しないが無視する 」 。憲法に対するこうした態度は 、全体主義運動がナチ党や共産党の綱領に対してとった態度と軌を一にするものであるが 、そのことは 、全体主義がその本質において運動体であったことを示している 。(位置2418)
憲法も「ある」ことは認め、触れずに強硬的な態度で運動を続けます。そして、
全体主義の支配する体制においては 、統治機構としての効率は無視される 。ソビエト ・ロシアの当時の経済状況では 、奴隷労働のような労働力の浪費をする余裕はなかったし 、技術的熟練が深刻に不足していた時にもかかわらず強制収容所に 「高度な資格あるエンジニア 」を収容している 。(位置2484)
効率は悪くてもいいのです。熱狂的な運動さえあれば。ドイツもソビエト・ロシアと同じ状況になりますが、侵略である程度の資源を獲得していきます。
全体主義下におけるナチスは、組織としては非常におざなりです。しかし、誰もが力を持ちづらいから内部からは崩れない。そして、指導者は横に直属として秘密警察を置くことで、暴力での支配が可能になるのです。
全体主義体制下の秘密警察の対象となるのは具体的な反政府活動や抵抗などの容疑者ではなく 、潜在的に危険な思想をもった要注意人物でさえない。対象となる者の主観的意図の如何にかかわらず 、全体主義のイデオロギ ーとそれに従った政府の政策によって自動的にカテゴライズされる敵なのである ( 9 ) 。(位置2577)
その代表がユダヤ人でした。そして、冒頭に書いた暴力によって破壊されていきます。
全体主義は運動状態
全体主義は自分の組織自体も破壊しながら周りも破壊していく連続運動の状態にあります。「運動」ですので、継続し発展していきます。全てを支配していく運動に人々は翻弄されました。
運動が止まったらどうなるでしょうか。
人々は立ち止まったら考え始めるでしょう。「あれ?これってへんじゃないか?」と。そうさせないためにも、嘘を与え、大衆を扇動し、熱狂の渦に巻き込んでいくのです。
運動がとまったら嘘みたいに熱がなくなります。
国民の大多数を巻き込んでいたはずの体制がいったん解体されると 、あとには一人の信奉者も残らない 。 「生ける組織 」とその自己運動の内に体現されていたイデオロギ ーや思想の欠片も 、あるいはそれを当初は推進していたはずの狂信や熱狂も跡形もなく消滅する 。ここに全体主義と大衆プロパガンダの手段としてのイデオロギ ーの最大の特徴があるとアレントは言うのである 。(位置2286)
泳ぎ続けなければいけないマグロのような、運動自体がそんな存在なのですね。
感想
やっと全体主義をまとめることができました。最後に「イデオロギーとテロル」という章があります。そこをまとめて、おしまいです。