「継続は力なり」と言う使い古された言葉の魔力
継続は力なり
胡散臭い響きですよね。僕の小学生時代に担任の先生が口を酸っぱくして言っていたように感じます。
しかしながらここ最近はこの力の破壊力に圧倒されている日々を送っています。
昨日のエントリでも書いたのですが、去年の11月からほぼ毎日「なんらかの運動」をしています。そのために色々な手立てをとってきました。
Apple Watchのワークアウトを使って、やったことの視覚化。
NIKEのランアプリ、トレーニングアプリでトレーニングプランを組んでトレーニング
習慣化アプリStreaksで毎日の達成感を味わう
ひたすらに運動を継続させてきました。「してきました」ではなく「させてきました」です。どこかで切れ目を作ってしまうと、もうそこに戻れないんじゃないかという内面葛藤と戦いながらです。(いまは実感しているのですが、休息はめっちゃ大事)
結局走りに走り続けてここまできた、という感じです。
行動を徹底的に変えたので、考え方が徐々に変わってきました。
Ⅰ 2017年11月〜2018年1月期
行動:ひたすら走る。とにかくやる。【ワークアウトアプリ】
思考:習慣化するためには、とにかくやらねば。休むの怖い
Ⅱ 2018年2月〜2018年4月期
行動:走るけれども、筋トレもする。【NTRアプリとNTCアプリ】
思考:走ることは体に馴染んできた。よりよく走れる体づくり
2018年4月 トラブル発生
事象:左足にモートン病のような症状が発生。走ることが苦痛になる。
思考:やりすぎたな。無理せずにできる範囲でやろう
Ⅲ 2018年4月〜2018年5月期
行動:ひたすら筋トレ。【NTCアプリ】
思考:走れないから筋肉を発達させよう。足のケアをしよう
Ⅳ 2018年6月〜現在
行動:毎日運動をする。筋トレとランのバランスと食事の改善
思考:筋肉を効率よく大きくするためにはどうしたらいいのか
ざっと変遷をかいてみました。
最近になって、やっとトレーニングをするためのアタマが出来てきたように感じます。
食事のことを考えると、本当に筋肉の奴隷のようなご飯を意識して食べることがあります。それもやりすぎるとどうかなと思うこともあるのですが。
継続は力なりに戻る
継続し続けることで、思考が洗練されてきました。
なんのために、どのように、どんな哲学で。
そこらへんの追求が自然発生的に起こってきました。
つまり、継続は行動変容ではなく、思考の成熟や洗練にあるのだと確信しています。
僕の体づくりなんて、本当に初心者です。しかし、トレーニング初心者がない知恵をしぼるとどんな状態になるのかはまた別のエントリに書いていきます。